私は、定年退職と妻の他界を機に、急激に生活が荒廃していきました。現役時代はそれなりに責任のある立場にあり、身なりも整えていましたが、家での食事を妻に頼り切りだった私は、一人になった途端に何をどうしていいか分からなくなったのです。最初は小さな弁当の空き箱一つでした。それがいつの間にか居間を埋め尽くし、寝室にまで浸食してきました。ゴミに囲まれて暮らすことは、外から見れば異常なことでしょうが、当時の私にとっては、それが自分を守る唯一の「防壁」のように感じられていたのです。しかし、本心では毎日が苦しくて、辛くて仕方がありませんでした。かつての部下や友人に会いたいと思っても、自分の部屋の有様を思い出すと、自分にそんな資格はないと引きこもるようになりました。誰とも話さない日々が続き、声の出し方を忘れそうになる。ゴミ屋敷での孤独は、じわじわと魂を削っていくような辛さがあります。ある夜、ふと鏡に映った自分の顔があまりに老け込み、生気がなかったことに驚愕しました。このままゴミに埋もれて死んでいくのかと考えたとき、猛烈な恐怖が襲ってきたのです。私は勇気を出して、地域の福祉担当者に相談しました。訪ねてきた担当者の方は、ゴミの山を見ても眉一つ動かさず、「これまで大変でしたね」と私を労わってくれました。その一言だけで、私の心に溜まっていた泥のような感情が少しだけ軽くなった気がしました。その後、ボランティアの方々と一緒に少しずつゴミを運び出し、久しぶりに畳の上に座ってお茶を飲んだとき、私は数年ぶりに自分が人間であることを実感しました。ゴミ屋敷から抜け出すのは、一人では不可能に近いほど辛い作業です。しかし、誰かの手を借りることで、その重荷は半分にも三分の一にもなります。私は今、週に一度のゴミ出しを欠かさず、地域のサークル活動にも参加しています。部屋が綺麗になるにつれて、私の心にも新しい風が吹き始めました。
ゴミ屋敷の孤独が辛いと感じる主の告白と再生