私たち特殊清掃員の仕事は、人が去った後の「終着点」を片付けることです。孤独死の現場も壮絶ですが、夜逃げ跡のゴミ屋敷もまた、独特の生々しさがあります。孤独死が「生の中断」であるならば、夜逃げは「生の放棄」です。あるアパートの現場では、玄関を開けると同時に雪崩のようにゴミが崩れてきました。住人は若い女性だったと聞きましたが、部屋の中は性別を判別できないほど荒廃していました。大量のペットボトルには、排泄物と思われる茶褐色の液体が詰められ、トイレは詰まったまま放置されて山をなしていました。夜逃げをする人は、引越しの準備をする余裕などありません。冷蔵庫の中には、食べかけの惣菜がそのままの形でカビに覆われ、まるで時間が止まったかのような光景が広がっています。作業中、私たちはゴミの下からよく通帳や身分証明書を見つけます。夜逃げをするほど追い詰められた人間は、自分を証明する大切な物さえ把握できなくなるほど、正常な判断力を失っているのです。また、夜逃げ現場の特徴として、部屋の電気が通ったまま、テレビやエアコンがつけっぱなしにされていることもあります。つい数時間前までそこに誰かがいたという気配が、より一層その場の異常さを際立たせます。ゴミを一つずつ袋に詰めていく過程で、私たちは家主のプライバシーを否応なしに覗き見ることになります。借用書、督促状、そして「ごめんなさい」とだけ書かれたメモ書き。夜に紛れて逃げ出した家主は、今どこで、どのような思いでこのゴミの山を思い出しているのでしょうか。清掃費用は、ほとんどの場合オーナー様が負担されます。一軒まるごとゴミ屋敷化した現場では、数百袋ものゴミを搬出し、何日もかけて消臭・消毒を行います。私たちが去った後の部屋は、何事もなかったかのように真っさらな空間に戻りますが、そこにあったゴミの山は、一人の人間が社会から脱落していった痛々しい記録なのです。夜逃げとゴミ屋敷、その二つが重なったとき、私たちは人間の脆さと、それを支えきれない社会の隙間を痛感せずにはいられません。