私たちがそのアパートを去ることになったのは、長年、誰にも言えずに抱え込んできた「ゴミ屋敷」という現実が、ついに限界に達したからでした。母と二人で暮らしていたその部屋は、父が亡くなった後から、少しずつ物で埋め尽くされていきました。母は寂しさを埋めるように通販で買い物を繰り返し、届いた箱を開けることもなく積み上げました。私はといえば、そんな母を注意する気力もなく、いつしかゴミを避けて生活することに慣れてしまっていました。家主さんから最初の手紙が来たとき、私は母と一緒に泣きました。恥ずかしくて、誰にも助けを求められず、二人だけの秘密にしていたことが、ついに外に漏れてしまったのだと感じました。管理会社の方は、最初は何度も相談に乗ってくれました。業者を紹介してくれたり、一緒に片付けようと言ってくれたりもしました。でも、母は自分の持ち物を触られることを異常に嫌がり、結局、何一つ改善されないまま月日が流れてしまいました。最後に来たのは、弁護士さんからの「契約解除通知」でした。そこには、建物の老朽化と不衛生な環境が重なり、このままでは建物の安全を保証できないこと、そして再三の通告を無視したことによる契約終了が記されていました。引越しの日、と言っても、新しい住処はまだ決まっておらず、一時的に施設へ入る母と、ネットカフェを転々とする私に、持っていける荷物はほとんどありませんでした。清掃業者が入る前に、私は自分の部屋だった場所を眺めました。ゴミの山の中から、幼い頃の私と父の写真が出てきました。カビて、端がボロボロになったその写真を見て、私はようやく、自分たちが何を失ってしまったのかを悟りました。家主さんは、最後まで私たちに厳しい言葉はかけませんでした。ただ、「もっと早く何とかしてあげられれば良かった」と、悲しそうな顔をして鍵を受け取りました。契約解除は、私たちにとって冷酷な仕打ちではなく、これ以上自分たちを壊さないための、ある種の手向けだったのかもしれません。アパートを後にするとき、あの部屋から漂う懐かしいけれど嫌な臭いが、冬の冷たい風にかき消されていくのを感じました。私たちは、思い出と一緒に、ゴミの中に本当の自分たちを置き去りにしてきてしまったのです。