私が長年住み続けたゴミ屋敷から脱出することを決意したのは、皮肉にも「音」がきっかけでした。ある静かな夜、山積みになった雑誌の塔がバランスを崩して崩落したのですが、その際、私はある恐ろしい感覚に襲われました。崩落した物の重さはかなりのものだったはずなのに、その音が部屋の中に全く響かなかったのです。ゴミが音を全て飲み込み、不自然なほどの静寂が部屋を包みました。そのとき、私は自分が墓場の中に生きているような、死んだような感覚に陥ったのです。音さえも響かないこの場所は、人間が住む場所ではない。そう直感した私は、翌日に清掃業者へ電話をしました。数日間にわたる壮絶な片付けを経て、部屋が本来の姿を取り戻したとき、一番驚いたのは視界の広さではなく、自分の声の響きでした。壁に自分の声が反射し、部屋全体に音が広がる。ただそれだけのことが、私が生きているという強い実感を与えてくれました。以前のゴミ屋敷では、声を出しても壁に吸い込まれ、自分の存在が消えていくような不安がありましたが、今の部屋では音が生き生きと跳ね返ってきます。もちろん、不用品という遮音材がなくなったことで、隣の部屋の物音や外を歩く人の声も聞こえるようになりました。しかし、それは決して不快なことではありませんでした。世界はこれほどまでに音に溢れ、豊かだったのだと再確認する日々です。私は今、正しい防音対策として、床に厚手のラグを敷き、窓には機能性の高いカーテンをかけています。ゴミ屋敷時代の「不自然な静寂」ではなく、生活の音が柔らかく調律された「自然な静かさ」の中で過ごす時間は、何物にも代えがたい贅沢です。もし、防音や安心感を理由に物を溜め込んでいる人がいるなら、一度全ての物を出し切った部屋で、自分の声を響かせてみてほしいと思います。その音の響きこそが、あなたが人間らしい生活を取り戻すための最初のファンファーレになるはずです。ゴミは音を殺しますが、同時にあなたの感性も殺してしまいます。音の響く部屋は、風通しの良い人生そのものです。